タロットマスターRuRu

小説•タロットマスターRuRu

Chapter3.休日と訪問者⑤

「さて、今日はどうしましょう?何か自分のことで気になることはある?」琉々が向かいの椅子に座りながら聞いた。『どうしましょう』というのは、もちろんタロットで視る内容のことである。

「え…っと…やっぱり、仕事かなぁ…てゆーか、人生?に関わってるけど」丘咲は目を泳がせながら、しどろもどろに言った。

「うん、そりゃそうか。じゃあその辺のことを、まずはシンプルにみてみましょう」そう言いながら琉々は、たくさん積まれた箱のうちの一つを取り出し、中からカードの束を出した。コンコンコンと三回、右手でカードをノックした後、慣れた手つきでカードを切る。分厚いカードの束が、彼女の手の中で素早く入れ替わっていく。丘咲はその動作に魅入っていた。琉々の整えられたネイルと指先が、流れるように動き、まるでマジシャンのショウタイムを見ているようであった。ひとしきりカードを切り終わった琉々は、カードを左手に持ち、右手で上か順番にカードをの数枚をシャッシャッと取り分けると、それを左手に持ったカードの束の一番下に回し、一番上になったカードから順番に三枚、テーブルの真ん中に横に並べた。

「へぇ……」琉々がカードの絵柄を見て呟いた。そのまま数秒間、琉々はカードを見つめたまま微動だにしなくなった。いや、琉々のその目線は、カードに向けられてはいたが、見ているのはまた別の物のようである。彼女の視線と意識は今この瞬間、ここにはなかった。

「る…琉々さん?」沈黙に耐えられなくなった丘咲が呼びかけたが、琉々の反応はなく、相変わらず異空間を見つめている。返事に応えない琉々の顔を覗き込んだその時、琉々の目が丘咲を捉えた。どうやら戻ってきたようである。

「あぁ、ごめんね。ちょっとカードを視てただけ」そう言って目を細める琉々を見て、丘咲はホッと安堵の息を吐いた。

「これね、こっちから順番に、過去、現在、未来って出したの」琉々がカードの説明を始める。丘咲から見て左側から過去、現在、未来のカードのようだ。左の過去のカードには【THE TOWER】と書かれていて、その通り塔の絵が描かれている。その塔には雷が落ちており、出火している。それに塔から落ちていく人も描かれていた。初めてタロットカードを見た丘咲には、この世の終わりのような不吉な絵に感じられた。その不安な表情を見た琉々が、クスッと笑った。

「大丈夫よ。そんなに悪いことじゃないわ。きっと会社を解雇されたことに対してのこのカードなんでしょうけど…おととい言ったように、転機なのよ。あなた」

顔を上げて、丘咲が琉々の目を見た。琉々の表情は穏やかである。慰めに言っているわけでもなさそうだ。

「確かにあなたはリストラされたわね?世間から見たら、確かに良くないことかもしれないし、今はショックで落ち込んでるかもしれないけど、本心ではどう?」片方の眉をクイっと上げて、琉々が丘咲に問いかける。

「そんなのもちろん……!」と言いかけて、丘咲は言葉に詰まった。

そうだ。確かに悪くないサラリーマン生活ではあった…

「何か言いたそうね?」

琉々の問いかけに答えず、丘咲はじっと考え込む。琉々はそんな丘咲を待っているように、その姿を見守る。

悪くはないサラリーマン生活ではあった…両親の期待にも応えて満足でもあった…でも、俺は?俺は気持ちは?

「……」丘咲はゆっくりと口を開いて、何かを言おうとする。周囲の音がなくなって、自分の心臓の音だけが大きく聞こえる。

「お…俺、別にやりたいことなんてなかったんだ」一つ一つの言葉を確認するように、ゆっくり話す。

「大学出たら、就職するのが普通だし…それが当たり前でしょ?会社員になるまでも、ずっとそうだった。別に嫌じゃないし、なんか普通に学校に行って、普通に友達と遊んだり…親に迷惑かけないように、ってのもあったかもしれないけど、これでいいかなって道を選んできた」

丘咲の本音を聞いて、琉々が唇の端を持ち上げて微笑む。

「確かに、都心で毎日電車通勤するのは大変だったけど…それなりに仕事は楽しかった。でも…」丘咲はそこで一旦言葉を止めた。その表情は恐れているようにも困惑しているようにも見える。心の中に見つかった澱みを吐き出すことで、何かが崩れてしまいそうな気がした。琉々は黙ったまま、丘咲の次の言葉を待つ。

「いや…俺、安心してるのかもしれない。会社から、人付き合いから解放されて」そう言葉に出した丘咲の心の中で、サーっと音が流れた。全てが洗い流されていくようだ。