小説•タロットマスターRuRu
Chapter3.休日と訪問者②
「いただきま~す」二人が同時に料理に手をつける。
奈都子のスープランチは、野菜がたっぷりのミネストローネに副菜とパンが付いている。プレートの上は、色とりどりの野菜で華やかだ。琉々の選んだ本日のランチは、小さなオムライスに可愛らしいエビフライが添えてあり、上にはソースがかかっている。その横にはサラダと副菜が付いているワンプレートランチだ。女性が好きそうなメニューが、この店のランチのラインナップである。
「奈都子、相変わらずダイエット中?」琉々がエビフライにナイフを入れながら聞く。彼女は、好きな物から食べるタイプだ。
「もちろん!揚げ物は禁止よ!」奈都子が指先でパンをちぎりながら答えた。
「まだ二か月あるし、無理しちゃダメよ。ストレスはダイエットにもお肌にも、一番良くないんだから」奈都子はこのところ、会社でのお菓子もかなり控えている。琉々は意気込んでいる親友が少し心配であった。実際、奈都子は別に太ってはいない。小柄で、琉々から見ても可愛らしいと感じる女性らしい外見だ。もともと骨格が小さいのであろう。顔も小さくて、ショートヘアがよく似合っている。
「結局、髪は伸ばさなかったんだね」琉々は、フォークでオムライスをすくっている。
「うん。私の長さじゃ、ロングまでは間に合わないし、ショートヘアでも、可愛いアレンジが沢山あるみたいだから、スタイリストさんにお任せすることにしたの。ヘッドドレスも種類が沢山あって、迷うんだぁ~」
「そうだね。その方が奈都子らしくていいね」琉々がニコッと笑う。
「でもね、そーゆう小物が、いちいち高いの」前のめりになって奈都子が囁く。コロコロと表情が変わる奈都子は、小動物のようで愛嬌がある。見ていて飽きないな、と琉々はいつも思っている。二人の会話は、奈都子の結婚披露宴の話題で持ちきりだ。琉々は、聞き役に回ることが多いため、自分の話を押し出すことは少ない。一方、奈都子は感情表現も豊かで、よく喋る。会話のバランスの取れた二人であった。いつの間にか店内は客が増え、ザワザワと賑わっていた。
「指輪はどこに取りに行くの?」琉々は綺麗にランチプレートを食べきっていた。
「銀座だよ」奈都子は最後の一切れのパンを口に入れた。
「そっか。じゃあこの後の電車、反対方向だね」
「今日もあれ?車はお店に置いてきたの?」奈都子はパンくずの付いた手を、おしぼりで拭いている。
「そうなの。この後、お店に戻らないとだし、一旦あっちに置いてきた。駐車場代も高いしね」琉々は、会社に行く時も自宅から車で来て、屋敷に置いてから、会社まで歩いて出勤している。祖母が店をやっていた時も、車で出勤して屋敷に置かせてもらっていた。ついでに、祖母の送り迎えをする事もよくあった。
「今日は何?掃除とか?」
「それもあるんだけど…」琉々は丘咲の事を話すことをまだ迷っているのか、語尾を濁して斜め上を向いた。
「なになに?やっぱ何かあったんじゃん!」奈都子は嬉しそうだ。目がルンルンと輝き出す。
「まあね~…」あまり気乗りしなかったが、琉々は金曜日の夜のことを話し始めた。
突然の来客にびっくりして恐る恐る扉を開けたこと、小柄でしつこい男(丘咲である)であったこと、大声を出して後悔していること、結局自分が折れてしまい今日約束していること…
奈都子は話を聞いている間、目を大きくしたり、肩をすくめたりして、聞き役でもコロコロと表情を変えていた。
「でもさ、琉々らしいよ。そうゆう面倒見のいいところ」話を聞き終えた奈都子が微笑んだ。
「結局、放っておけないんでしょう?」
「そうなのかな…ウザかったけど、なんか愛嬌のある感じだったしな」琉々は、両手で頬杖をついて口を尖らせている。
「そうだよ。会社でもそうじゃん!男女問わず、琉々のこと頼りにしている後輩多いんだから」
琉々の自覚していない部分を、奈都子はよくわかっている。
自分という存在は、一番近くでありながら、実のところ見えていない部分が多いのかもしれない。それは、自分自身を客観的に見ているつもりでも、理想や願望を重ね合わせている部分が、自身の中に存在しているからだろうか。そもそも、自分を客観視できない人もいるようだ。奥深くに存在する、真実の自分の姿に気づいている人は、稀である。

二人は会計を済ませて、店を出た。今日の琉々は、比較的低いヒールを履いているので、奈都子との身長差はそんなにないが、歩幅を合わせながら歩く。昼の一時過ぎ、二人とも次の約束まで余裕があるので、ゆっくりと歩いて地下鉄の駅まで向かった。
琉々は、白の日傘を差している。その姿は実に華やかであった。まるで、彼女の周りだけ気温が5℃くらい低いのではないか、と思わせるくらい、涼しげに歩いている。
歩いている間も会話は尽きない。
駅に着くと、銀座方面への電車が到着したところだったので、奈都子が走りながら別れを告げた。休日の駅は、ゆったりと時間が流れている。奈都子が行った後、すぐに電車が到着した。電車に乗った琉々は、スマホを取り出してLINEを開く。祖母から連絡が届いていた。近況報告と、愛犬とのツーショット写真が貼り付けられていた。二年前、フランスに移住した祖母は、たまにこうして写真を送ってくるのだ。琉々は短く返事をして、微笑みながらスマホを閉じた。