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小説•タロットマスターRuRu

Chapter2.丘咲リョウ④

「ごめんなさい。もう閉店なの」

暗闇に立つ丘咲の姿を確認しながら、女は言った。丘咲の想像していた主とは全く違い、かなり若く、女にしては背が高かった。実際、丘咲と目線が同じくらいの高さであった。足元を見ると、高いヒールを履いている。

「あ…そ、そうですか」予想外の人物の登場に、丘咲は少し面食らって言葉に詰まったが、気になる事が沢山ある。ゆっくりと扉を閉めようとする女に話しかけて、引き止める。

「え…ここって占いの館?」頭の整理がついていない丘咲は、思い付いたことを、そのまま口にした。

「占いの館…そうねぇ。そんなもんかな」閉じかけたドアを少し戻して、女が笑って答えた。

「俺の会社、駅の方なんだけど、この辺初めて来てさ。酔い覚ましに散歩してたらたまたま見つけたから…」

「そう。うちは完全予約制で、今日はもう閉店なの。ごめんなさいね」淡々と言うと、女は再び扉を閉めようとした。

「あ!ちょ!ちょっと待って!明日は?」丘咲は呼び止めながら、ドアノブを掴んだ。その勢いに女の身体が引っ張られる。

「明日はお休みよ。うち、金曜日の夜限定なの」女は、体勢を整えながら答えて、扉を閉めようとするが、丘咲はガッチリとドアノブを握ったまま諦めない。女が眉をしかめた。

「じゃあ、来週!…の、金曜日!お願いします!」なぜ、こんなにもムキになっているのか、自分でも分からない。今の自分の状況を誰かに聞いて欲しいのかもしれない。それは、友人でも家族でもない、知らない人の方が気楽でいい。

「来週も、もう予約でいっぱい。二ヶ月先くらいになるわ。私一人で金曜日しかやってないから。急いでいるなら、いい占い師さん紹介しましょうか?」

「………」丘咲は黙り込んだが、頭の中はフル回転している。今日のこの勢いとタイミングを、どうしても逃したくなかった。

「…実は俺、今日リストラされてさ。ちょっと頭の中が整理できてなくて…誰かに頼りたかったのかもしれない」丘咲は俯いて、言いにくそうに切り出した。

「あら!いい転機じゃない!頑張って♡」女はあっさりと笑顔で言って、バタンと勢いよくドアを閉めた。

「え…!」女の意外な行動に、丘咲は目を大きくして閉じられた扉を見つめた。暗闇に一人取り残された丘咲であったが、こうなったらヤケである。扉に張り付いて、ドンドンと拳で叩く。

「ちょっと!お姉さん!冷たくない?本当に本当に!どうにかなりませんか!」

反応を待ってみるが、返事はない。

「ねえ!ねえってば!ホントにちょっと話を聞いてくれるだけでもいいからさ!」扉を叩きながら丘咲が粘る。夜の静寂に、丘咲の声が響いた。

丘咲は、女がもう一度出てくるまで扉を叩くつもりであった。本当にヤケになっているようだ。ドンドンと叩きながら、さらに何度か呼びかけてみる。一分ほどそうしていただろうか。突然、勢いよく扉が開いた。

「うるさーーーーーーーーい!」女が飛び出してくる。急に開いた扉に押されて、丘咲は後ろの芝生の上に飛ばされた。

「いてて…」尻もちをついた丘咲は、ゆっくりと立ち上がりながら、一緒に飛ばされた鞄を拾おうとした。そこに、先の尖った靴がドンと現れる。見上げると、女が仁王立ちで丘咲を睨んでいた。

「えへへ…」目が合った丘咲は、だらしなく笑う。サッと鞄を掴もうと手を伸ばしたが、女の細い脚がそれを制止する。

「なんか…ごめんなさい。しつこくして」申し訳なさそうに言って、丘咲はまたえへへと笑った。

「この深夜に騒がないでちょうだい!私が意地悪してるみたいじゃない!それに、ご近所にも迷惑よ!」女の高い声が、ご近所に響き渡った。大きな目で鋭く丘咲を睨んだままだ。間もなく、夜の十一時になろうとしていた。

「ごめん…」丘咲はしゅんとして謝った。がっかりした犬のようである。今度こそ諦めた丘咲は、鞄を拾って立ち上がり、スーツに付いた芝生を手ではらった。無言で一礼すると、くるりと振り返り、歩き出す。

「…明後日よ。日曜日」仁王立ちのまま、女が言った。

「へ?」不意を突かれた丘咲は、ぽかんと口を開けて振り返る。鋭い目つきの女と目が合った。

「明後日、日曜日!お昼の二時に来なさい」そう言うと、女は大きく息を吐いて脱力した。

『甘いなぁ。私』女は額に手を当てている。

チラリと丘咲の顔を見ると、目がキラキラと輝き出すのがわかった。女の言葉の意味を理解できたようだ。

「ありがとう!お姉さん!ホントにホント?」丘咲が女に近寄る。

「営業時間外なんて、今回だけだからね!最初で最後よ!」女は念を押すようにきつく言った。

首を大きく縦に振りながら、丘咲は勢いよく女の両手を掴んで聞いた。

「やったぁ!ありがとう!俺は丘咲リョウ!お姉さん、名前は?」丘咲は、満面の笑みである。

「…琉々。園絵琉々よ」あからさまにうんざりした表情を作って丘咲を睨みつけながら、琉々は答えた。

続く…